みんなは、もし今の生活から携帯電話がなくなったらと考えてみたことはあるかな?
いつの間にか、携帯電話も一人一台という時代だね。
僕は携帯電話は使っていないけど、同じようにもしインターネットができない生活を考えてみると、少しゾゾッとするよ。
今の日常生活はかなり崩れると思うし、あまり想像をすることもイヤだなぁ。

僕は一日の中で、テレビを見る時間よりもインターネットをしている時間の方が長いよ。
専門的知識はないに等しいけど、つまづきながらもインターネットを楽しんでいま〜す。
いろいろな情報を検索し得たり、ショッピングや懸賞、ブログなどと他にもいろいろとしているよ。
競馬もできるんだよ。ちなみに、負けているけど。(笑)
特に、インターネットをしていて、もしこれがなくなったら絶対に困るというものが、メールです。
メールは、毎日のようにしているんだぁ。
家族はもちろんのこと、友達やたくさんの人達と自分でやり取りができることもあって、便利で必要不可欠なものになっているよ。
友達からメールをもらうと元気になるし、久しい人からもらったりするとうれしくなる。
以前に恩師からこういうことを言われたことがあるよ。
「僕からのメールは、普通の人が送るメールと違って電話のように思っている」と。
それを聞いた時に自分一人では電話ができない僕は、ありがたく思い、また凄くうれしかった。

メル友のみなさん、これからもメールをするからねん。
よろしくっす!(笑)

今日は昨日と打って変わって天気も悪そう。
気持ち的にのんびりとする日かな。
あっ、いつものんびりとしているかぁ。(笑)

昨日、沖縄の方では海開きをしたみたいだよ。
まだここ鹿児島は今週ぐらいが花見の頃というのに。
でも、そういう時期なんだよね。
みんなは、海は好きかな?
また僕も魚釣りに行きたいなぁ。
潮風に当たって。
今度は、クジラの一本釣りでもしてみようかな。
なんちゃってね。
その時には新聞の見出しにどうですか?(笑)

昨日に引き続き気管切開(以後、気切と書きます)をした時などのことを書こうと思います。

何度もこのブログにも書いているけど、一年前の今日、3月25日に僕は気切をしました。
昨年の今頃は、こんなにものんびりと朝を過ごすことはできなかったなぁと思いながらブログを書いています。
気切をするための手術を受ける朝も、怖さは感じなかった。
少しの不安はあったけど、初めて手術室へと足を踏み入れることに対しての緊張の方が強かった。
怖さや不安を抑えるものが”覚悟”というものなのかもしれない。

午前中に手術室へとベッドのまま向かう。
手術室へとつながる中央廊下の冷たい風が頬を打つ。
今でもその時の風の冷たさは憶えているよ。
昔から手術室の前は通っていたけど、手術室の空間に入るのは初体験。
無事に終りますようにという思いともうここには来ないことを願う気持ちを強く感じた。
そして、手術台へと移され麻酔を打った。
次に目が覚めるのは、今までいた病棟の部屋。

それから新しい生活に慣れるための一年が始まった。
この一年を戦いの一年と思い、今日まで過ごしてきた。
声を失った生活、人工呼吸器を外すことができなくなった生活など、他にも諸々と今までの生活スタイルが通用しなくなった。
新しい生活スタイルを築き上げなければならなくなった。
僕は感じる。
何事も軌道に乗せることが一番大変で大切なことだと。
新しい生活を軌道に乗せるための戦い。
その戦いの一年も、今日をもって一息つけると思う。
いろいろと感じ学ぶことが多かった一年だった。
気切をしたから出会えた人もいるし、もしかしたら気切をしていなかったら、このブログも書いていなかったかもしれない。

この一年、家族や友達、支えてくれた人達に感謝をしています。
本当にありがとうございました。
またこれからも、よろしくお願いします。

今日で戦いの一年にも一息つくけど、まだ一筋縄にいかない旅は続きます。
ファイトするぞぉ〜!
明日、3月25日で、僕は気管切開(以後、気切と書きます)をしてから一年を迎えます。
そういうこともあって、今日と明日のブログでは、改めて、気切をした時のことなどを書こうと思っています。
もう二度と一年という時は迎えることはできないし、今、一年前を振り返って感じることを記録としても書き残していたいので。
もしかしたら、書く内容が重たくなるかもしれないけど。

今振り返ると、よくあんなに毎日のように涙を流していたなぁと思う。
それも、いい年齢をした大人が親の目の前で。
しっかりと気切をする決意、覚悟はできていたのに、とめどなく涙は溢れてきていた。
泣かないようにと意識をすればする程に。

気切をする前に辛かったことは、口から管を入れた状態でのベッドのシーツ交換、洗髪、身体の清拭でした。
口から管を入れたまま身体を動かすと苦しくて、「もう止めてほしい」と言いたい気持ちだった。
そして、気切をした後に辛かったことと怖かったことは、辛かったことが、トイレが一週間近く出なくて生まれて初めて”かんちょう”をしたこと。
かんちょうをした後、まる一日お腹が痛くてベッド上でトイレをつけたり外したりの繰り返しだった、夜中も。
怖かったことは、低血糖でした。
朝方、吐き気や気分の悪さを感じたので、血糖を測ってみたところ、血の気が引く思いがした。
とても危ない値だった。
それから点滴を入れることになるけど、普段も血管が出ないのに具合が悪くなっていることも重なって血管が出なくて入らなくて。
「どうか入って!お願い!」っていう気持ちでいっぱいだった。

明日をどのような思いを抱いて迎えるのだろう。
意外とあっけらかんとした感じで迎えるのかな!?
どのような思いを抱いて迎えても、明日感じることはずっと忘れずにいたい。
うぅ〜!禁断症状がぁ〜!手が震えるぅ〜!
誰かぁ〜!例の物をちょうだい!
なんちゃって!(笑)
そんな症状は、一度も起こしたことはないってねん。

みんなは、一日に1回は必ず口に入れないと、なんか落ち着かないという食べ物や飲み物はあるかな?
僕はあるんだぁ。
脱水、低血糖予防の意味もふくまれて飲んでいるんだけど、カフェオレとお茶を飲んでいるよ、毎日。
いろいろなカフェオレを飲んでみたけど、今はテレビCMでもお馴染みのグリコのカフェオレに落ち着いていま〜す。
お茶は、よく伊藤園のおーいお茶を飲んでいるよ。
幼い頃からあまりジュース類は飲まずにお茶を飲んで育ったせいなのか、今でもお茶大好き人間で〜す。
時々、これはカフェイン中毒!?カテキン中毒!?って思っちゃうぐらい。

ん?何?
お酒、アルコール類の方はどうなのかって!?
それは、...。
みんなのご想像にお任せしまするぅ〜!(笑)

カフェオレ、お茶を飲んで今日一日を乗り越えなきゃ。
今日一日、みんなもファイトぉ〜!一発!!

先週は体調を崩していたので、もうお風呂には10日余り入っていませ〜ん。
うぬっ、ぬぅ〜!
もしかして、今の僕はカメムシ並みに臭い!?(笑)
化学兵器に劣らぬ臭さ!?(笑)
さぁ、どうかな?
あまり自分の体臭って、よく分からないなぁ。
体臭のことはあまり気にならない僕も、今は凄く×2、頭がかゆ〜いっす!
かゆ〜い!かゆ〜い!かゆ〜いよぉ〜!
誰か頭をかいちくりぃ〜!
いっそのこと、思い切って頭を熱いお湯の中へ突っ込みたいぐらい。
そんな気持ちで〜す。
お風呂日まで、あと2日。
この頭のかゆさとも、仲良くしたいと思いま〜す。
それにしても、久しぶりに頭がかゆいんだなぁ。(笑)

今日、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)が幕を閉じた。
初代王者に輝いたのは、王監督が率いる日本!
決勝戦の相手は、キューバだった。
試合結果は、10対6で日本の優勝!
最後まで緊迫をした試合だった。
この大会を通じて、久しぶりに野球の真剣勝負を見たような気がする。
僕は初めてイチロー選手が感情を表に出すところが見られたので、少しうれしかったし、印象に残った。

でも、野球の国際大会として常識的に欠ける部分も多かったと感じる。
日本が優勝をしたから良いじゃないとか、初めて行われた大会だったから仕方がないと言って見逃せることではないと僕は感じる。
一言で言えば、この大会のルールがアメリカ中心のように思える。
問題1
アメリカvsメキシコ、アメリカvs日本の試合でも疑惑の判定と言われるようなことがあったけど、なぜアメリカが戦う試合にアメリカ人の審判を起用をしたのかということ。サッカーでは考えられない。
問題2
なぜトーナメントの1回戦から予選でも試合をした相手と戦うのかということ。グループA1位vsグループB2位、グループA2位vsグループB1位というふうに工夫をしないと大会の面白味も半減をすると思う。
他にも大会を行う時期も問題があると思うし、投手の投げる球数が制限されていることもチームとしての作戦の幅を狭めているような気がする。
改善をするところはしていき、またより良い大会作りをしてほしい。

それにしても、今大会に出場をした日本は、本当にチームとしてまとまっていたんだなぁと試合後のイチロー選手や松阪選手のインタビューを見て感じたよ。
「今日でこのチームと別れるけど、寂しい気がする」と。

みんなは、「運命」というものをどのように感じ捉えていますか?
どちらかと言えば、あまり僕は「運命」や「迷信」などを信じないタイプ。
でも、一つだけ運命だったのかもしれないと感じていることがあるんだぁ。
そのことは本当に偶然だったんだけど、あまりにも一致し過ぎていてそう感じずにはいられないよ。

僕が気管切開(以後、気切と書きます)をした3月25日、この日に運命を感じている。
実は、僕は20歳前後の頃に二人の同級生、友達を亡くしています。
二人が亡くなった時、一週間近く僕は涙が止まらなかった。
それぐらいに仲も良かったし、とても良い友達だった。
そして、その二人の誕生日が3月24日と26日なんだ。
僕が気切をした日が、3月25日。
つまり、二人の友達の誕生日にはさまれていたんだよ。
今思えば、二人からも守られていたのかもしれないなぁと。
そう思ったら、僕も負けていられないなぁと感じるんだぁ。
時々、今も困ったことや何か問題があったりすると、「こんな時にあいつだったら」とか、「あいつがいれば」とつい思ってしまうんだぁ。

<その二人の友達へ>
これからも、頼りない僕を見守っていてくりぃ〜!
僕もファイトするからね。
よろしくっす!
もし突然に誰かから「君は誰と幸せなあくびをしますか」と聞かれた時、みんなだったら、どんなふうに答えるのかな?
一瞬、幸せなあくび!?あくびに幸せ!?って思う人も多いかな。
最近になって、僕もなんとなく×2だけど、想像で幸せなあくびは感覚的にこういうことかなと自分なりの答えに辿りついたんだぁ。

”恋人や親友、仲が良い友達などと過ぎる時間も忘れ夜が明けるまでいろいろなことを語り合う一夜。
そして、夜が明けるとともにその相手とは別れて、それぞれが、それぞれの生活の場へと戻っていく。
久しぶりにした徹夜。凄く楽しかった徹夜。
でも、やっぱり少し眠気を感じあくびをする。
そういう時のあくびは、幸せなあくびなのかもしれないね。
これが、自分なりの「幸せなあくび」で〜す。

もう何年も幸せなあくびはしていないかもなぁ。
友達のみんな、そのうちに一緒に幸せなあくびをしようね。

ちなみに、「君は誰と幸せなあくびをしますか」というのは、槇原敬之さんのアルバムのタイトル名でした。

やっぱり今週は、きつかったなぁ。
月曜の夜に熱が出て火曜から点滴も始まったんだけど、昨日から熱も下がった状態で落ち着き始めたよ。
気分も、普段の時と変わらないぐらいに良くなったよ。
今はこのまま落ち着くようにと祈るのみ。
なんちゃってね。(笑)
今回は、早めに点滴をしたからひどくならなかったのかもと思う今日この頃。
毎日、両親も見舞いに来てくれたし。感謝!感謝!
3度目の正直、来週の月曜に採血などの検査をする予定っす!
多分、この検査結果が良ければ点滴からも解放されると思うよ。
間違えない!(笑)
今までの2度の検査結果も良かったんだけどね。
何か身体の中で、春の運動会でも始めちゃっていたのかな。

とにかく、遅くとも来週の水曜までには完全復活をせねば!
完全復活をしたところで、気管切開をしてから一年が経つ3月25日を迎えたい。
もちろん、楽のみ(コップ)に焼酎『赤霧島』を注いで。(笑)